macOSを何気にアプデしたら、フォントがいろんな所で変わっていてショック〜。
どこをどうすれば良いのか・・・
なんとかちょこっと変更できたので、少し気に入らないけれどひとまずこれでいきましょう。
何日も費やした、やれやれ。
予測はしていたものの、これからもmyトラブル頻出だろうなあ・・・
無知=恐怖を思い知るという、ブログ継続のもうひとつの茨の道であった。
早速、apple京都のワークショップでmacのお勉強しに行きました。
ちょっとしたマイブームになっております。
ところで、今月、山田塾の三重教室に参加してきました。
楽しかった〜!!(それだけ?)
いやいや、毎回のことではありますが、12時間分の塾の内容(体験)は、あまりに濃すぎて要約できないんです。
書きたくて仕方ないこともありますが、そこは本家バカボンブログ、山田さんの記事アップを待ちましょう(笑)
自信を持って言えることは、『常識』などという胡散臭い観念は捨てよ!ということです。
ここ掘れワンワンなのです。
とにかく、世の中の見方が本当に変わっちゃいました。
thanks a lot☆
放射能は意識
さて、今回のバカボンブログ学習は、
です。
内容をある程度咀嚼できるまで、例に漏れずかなりの時間を要したのですが、ここにきて自分なりに理解深度が増したように思いました。
まず、放射能と放射線の違いすら知らなかったので調べてみました。
放射線とは放射性物質から放出される粒子や電磁波のこと。
放射能とは放射線を放出する能力のこと。
放射性物質とは放射能を持つ物質のこと。
とあります。
文の意味はわかりますが、そのものの意味がわかりません。
バカボン流に解説してみましょう。
放射性物質とは、次元整合性がとれていない物質。
その場に留まろうとする電磁軸(時間軸)に、留まらせたくない意識を持つ。
放射線とは、放射性物質が出す意識。
次元整合性を求める物質が、それが叶わない時に放出する念。
放射能とは、次元整合性の整わない意識。
そうそう、このような説明が欲しかったんですの。
ここで気づいたのが、放射性物質・放射線・放射能、すべて「意識」として表されていることです。
意識とは脳が造り出す想念である、と。
放射線にはそれぞれの求める次元がある。それを見極めれば、その放射線の影響を予測または除去出来るのです。
https://koji-yamada.jp/2012/09/25/004259/
上記文中の「放射線」を「意識」に置き換えて読むとわかりやすいですね。
次元整合性の意味については、我が過去記事 7.直角記念日 を覗いてみてね。
放射線はジレンマ
では、バカボン記事を私なりの解釈の流れで綴ります。
独自重力を持つ地球の場合、自らの重力面を傾けることでその面に対し素直に電磁軸(時間軸)を保っています。
素直に、とは物質面と直交の関係のことです。
天体の赤道傾斜角とは、太陽重力との次元整合性を保つためにあることは既に学んできました。
年月の経過に伴い変化していることはご存知の通りですね。
時間軸とは ・人の意識が生み出す時間の概念。 ・平面世界の1次元上のパラメータなので、面と直交の関係にある。 ・その場に留まらせようとする力。 ・物質自らが造り自らをその場に留まらせる力。
地球(天体)は、物質の集合体。
自ら時空間を拡げてゆく立体の立場を持つため、自身の都合で面(時間軸)を傾けることができるのです。
しかし立体の立場を持たず、かつ次元整合性を失った単物質は、時間軸を傾けざるを得ない状況にかかわらず、自ら傾けることができません。
そのジレンマを放射線という念で放出します。
この場合のジレンマとは、物質をその場に留まらせたい時間軸(電磁軸)と、その時間軸自体を留まらせたくない意識、ということですね。
私たちの住む次元世界のベーシックな回転方向は反時計回りとのことですが、それは素粒子の回転方向でもある、と。
そのことから、放射線とは時を早回しする念の出力である、という意味と、以下の内容が理解できました。
もし仮に存在面の中心からa+1に於ける次元整合性の不一致を考えると、物質nは素粒子の向きを半時計回りにアセンションすれば問題はなくなる。
https://koji-yamada.jp/2012/09/25/004259/
重要なのは存在面の中心からA-1に於ける場合である。我々はこのケースを放射性物質と呼ぶのです。
放射線の影響が体に及ぶというのは、その念を受け、時間感覚を同調させているということなのです。
それを回避するには、脳時間を深め同調させない意識を持つ・・・。
これは、何度も過去記事に出ている、深層脳の活性ということでしょう。
放射能=次元整合性の取れない物質の想い。でして、故に影響を受ける側のこころの問題でもあるのです。
そしてこころの問題は即ち理論脳の使用階層の問題でありまして、一朝一夕に解決できることではないわけです。
ココロのボスになりましょう。笑
*ココロのボス=赤塚不二夫作品「もーれつア太郎」の登場キャラクター。
子分2人を引き連れたギャングのボス。45歳。タヌキのような顔をしてしっぽを持つ。「~のココロ」が口癖。「ハアーポックン、ポックン」や「クーダラナイ、クーダラナイ」など独特の言い回しが多い。短気ですぐにピストルをぶっ放すが、子供や花が大好き。偶然見つけたヒヨコをピヨ子ちゃんと名付けて自分の子供として可愛がる。 少年時代はお城暮らしで「ココ郎」という名前があったが、父の偽札作りがバレて、一文無しになった。また戦争中は特攻隊員だった。ブタ松とは、同じ女性を好きになるなど、なにかにつけてライバル関係になる。
45歳なんだ。苦労したんだね。
私たちは放射性物質?
話は変わりますが、
どんな体験にも、感情というものが良くも悪くもついて回ります。
私の場合、「悲しみ」に至っては物心ついた頃から最近まで、何かにつけてずっとつきまとっていました。
30代の頃は「怒り」を数年間抱えていました。
その感情体験をとことんし尽くして疲弊し、閾値のようなものを超えた瞬間、すーっと自らに課していた感情の囚われから解放されたのです。
その代わり、残ったのが「こころ」です。
静寂だけど温かみのある、自分の中で大切にしておきたいものが、音も立てずに生まれていたことに気づきました。
時間経過とともに感情の記憶は薄らぐけれど、魂と融合したこころは決して消えません。
そして、時に湧き上がる感情を俯瞰できるようになりました。
なぜだか、このようなことを急に書きたくなってしまいました。
ココロのボスのしわざだな…
物質は、意識で変容する。
というのが、今回の学習でした。
年末に間に合った〜(ほっ)